育児は母親の根気を強める努力と辛抱の四六時中

女子になり、11年目を迎えました。
養育をしていて、今でも時時「養育は女房の根気を鍛え上げる修養です」と感じます。

婚礼しマミーとなり、男性との家計の中で我慢や加減、妥協などを積み増し、家計年月やディナーを相手に併せたり、目当ての不快癖に多少は目を瞑ったり。
最初はこれだけでもストレスに受取ることもありますが、いずれ慣れたり、それなりの根気がつきなんらかの手段で問題解決に至ります。

しかしキッズが生まれてみると、男性への根気とは比べ物にならない程の根気が必要になり、女子は待つ項目・見つめる項目・確かめる事を常にしないといけなくなります。

新生児が泣いたら、先ずはオムツ替え、それでも泣いていたら授乳といったガイドラインはありますが、それでも涙し続けて居たら?
抱き上げたり玩具を見せたりして、泣き止むまであやすと思います。
言葉を話せないベイビーに、あの手この手で対応してみます。
行動しながら、見守って待つタスクだ。

キッズの発展と共に、憂慮の素材は変化して、食事を少量しか食べないといった憂慮から、就学児になればお友達との関りの困り、家計行いや授業の憂慮に変化して行きます。

どの憂慮も女房は、キッズがどんな状態なのか・どうしていけば良いのか・どう伝えれば理解し実践しやすいのか・実践できているか・その後の変化は有ったのかと状況を踏みながらも、其々の時点で裁定・見張る・待つのタスクの繰り返し。

幼時は、こうだよと教えれば素直に聞きますが、小学生に加わるうちからは徐々に自我が確りして来て、言った通りには動かなかったり、自分はこんない、と明確な意識も出てきます。

その頃からは、見張る・待つ、のタスクが続きます。
すぐに結果が出なかったり、なかなか動向にも移せなかったり不満しますが
、女房がどうしたいのかではなく、乳児自身がどうしたいのかがメインです。
女房は口を差し出したくても限界まで我慢。
もう本当に、相当な根気が必要です。

養育をしながら、女房も根気を鍛えられていらっしゃる。
キッズが巣立ったら、女房も人間としてひと回りものすごくなれていれば嬉しいですね。